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東京地方裁判所八王子支部 平成元年(ワ)385号 判決 1990年7月26日

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金九億三八四一万七四三九円及びこれに対する昭和六三年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、信用金庫法により大蔵大臣の免許を受けた信用金庫である。

(二) 被告丙川花子(以下、「被告丙川」という。)は、昭和五〇年四月一日、原告に入庫し、昭和五五年ころから、本部事務集中課為替係オペレーターとして勤務していた者である。

(三) 被告乙野太郎(以下、「被告乙野」という。)は、昭和六〇年四月ころ、被告丙川の弟の紹介で同被告と知り合い、間もなく被告両名は深い関係となった。

2  本件不正送金

その後、被告丙川は、被告乙野から、弟を暴力団組織から離脱させるため、あるいは事業のために是非とも資金が必要であり、原告のコンピューターを不正操作してでも金を作れなどと要求され、両名共謀の上、昭和六〇年六月一二日、上司の許可を受けることなく原告のオンラインシステムの端末機を不正操作し、ほしいままに送金伝票を起こし、住友銀行六本木支店の被告乙野の仮名口座である柴田金人名義の普通預金口座に金五〇万円を不正送金したのを初めとして、別紙送金一覧表記載のとおり、同日から昭和六三年一一月一〇日までの間、合計七三回にわたり、総額九億七〇〇〇万円を、住友銀行、三菱銀行、太陽神戸銀行の各六本木支店の被告乙野の仮名口座に不正送金し、これにより原告は同額の損害を被った。

3  被告乙野の不当利得(予備的請求原因)

前記2記載のとおり、原告は、被告丙川が総額九億七〇〇〇万円を何ら法律上の原因なく被告乙野の仮名口座に送金したことにより同額の損失を被り、被告乙野は右原因のないことを知りながら同額の利得を得た。

4  一部弁済

原告は、被告乙野から、次のとおり、弁済を受けた。

(一) 平成元年一〇月五日、被告乙野の所有する自動車を売却した代金一五〇〇万円から自動車税九万一七〇〇円を控除した金一四九〇万八三〇〇円の支払を受けた。

(二) 平成二年三月六日、被告乙野の仮名預金口座である第一勧業銀行駒込支店の村上博名義普通預金口座(口座番号二〇二-一二七七三二三)に入金していた金一六六七万四二六一円の支払を受けた。

5  結論

よって、原告は、被告丙川に対しては不法行為に基づく損害賠償請求として、被告乙野に対しては主位的に不法行為に基づく損害賠償請求として、予備的に悪意による不当利得返還請求として、それぞれ損害又は利得の総額金九億七〇〇〇万円のうち既に弁済を受けた金三一五八万二五六一円を控除した残金九億三八四一万七四三九円及びこれに対する最後に不正送金された日である昭和六三年一一月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金又は利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告乙野)

1 請求原因1の事実のうち、(一)及び(三)は認め、(二)は不知。

2 請求原因2の事実のうち、被告乙野が被告丙川に対し、原告のコンピューターを不正操作してでも金を作れと要求し、被告丙川の不正送金につき被告乙野が共媒したこと、別紙送金一覧表番号27ないし49の各不正振込年月日及び同表番号73の金六〇〇〇万円について原告が損害を被ったことをそれぞれ否認するが、その余は認める。

被告乙野は、被告丙川に対し、資金を都合して欲しい旨依頼しただけであり、同被告は、オンラインシステムについての基本的知識を欠いていたから、共媒は不可能である。そして、別紙送金一覧表番号27ないし49の各不正振込年月日は同表記載日のそれぞれ一日前である。別紙送金一覧表番号73の金六〇〇〇万円については、被告乙野において預金口座から引き下ろしていない。

3 請求原因3の事実のうち、別紙送金一覧表番号73の金六〇〇〇万円については、原告に損失が発生し被告乙野が同額を利得したことを否認し、原告には九億一〇〇〇万円の範囲で損失が発生し被告乙野が同額を利得したことを認め、その余は明らかに争わない。

4 請求原因4の事実のうち、(一)は否認し、(二)は認める。

5 請求原因5の主張は争う。

(被告丙川)

1 請求原因1の各事実は認める。

2 請求原因2の事実のうち、被告丙川が原告のオンラインシステムの端末機を操作することにつき上司の許可を受けなかったとする点及び別紙送金一覧表番号73の金六〇〇〇万円につき原告が損害を被ったことを否認し、その余は認める。

3 請求原因4の各事実は明らかに争わない。

4 請求原因5の主張は争う。

三  抗弁

1  代物弁済(被告乙野)

被告乙野は、原告に対し、本件不正振込事件により逮捕された後、自己所有の自動車を本件債務の弁済に代えて給付した。当時、右自動車の価格は三〇〇〇万円を下らなかった。

2  過失相殺

(一) (被告乙野)

原告には、コンピューター犯罪に対するセキュリティ・システムを放棄した重大な過失があった。

すなわち、一口一〇〇万円未満に小分して発信する方法の場合、役席者が振込票と発信票をチェックしさえすれば、不正送金を容易に発見することができたのに、原告はこれを怠った。

一口一〇〇万円以上の発信を行う場合、原告においては、

(1) 役席者の承認を受け、役席者キーを受け取って振込手続を行う、

(2) 役席者キー使用簿(当日)と役席承認取引日報(翌日)とを照合する、

(3) 為替精査表の内訳のチェックをする、

(4) 総勘定日計表と未決済為替貸勘定元帳との累積残高を照合する

などのチェックシステムがあり、これが適正に機能していたならば、本件のような被害の発生はあり得ず、仮に当初被告丙川が右チェックシステムを一時的にかわして不正送金を始めたとしても、遅くとも昭和六一年三月末の決算において、当該年度の送金合計二億八〇〇〇万円の被害を発見し、以降の年度に被害が拡大し続けることはあり得なかった。

(二) (被告丙川)

原告には、本件のような不正送金行為を未然に防止するチェックシステムとして、形式上、一〇〇万円以上の送金には、原告本部事務集中部事務集中課長野崎守がいわゆる役席者キーを端末機に差し込み、同課長の承認のもとに被告丙川が端末機を操作して送金すべきことになっていたにもかかわらず、このようなチェックシステムは事実上実行されておらず、同課長は役席者キーを被告丙川がいつでも由由に取り出して送金できるように漫然と机の引出に入れており、原告は本件不正送金を三年半もの間発見することができなかった。したがって、本件損害の発生及び拡大については、原告にも重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

請求原因4(一)のとおり、原告は、被告乙野からその所有する自動車の売却代金一五〇〇万円から自動車税金九万一七〇〇円を控除した金一四九〇万八三〇〇円の支払を受けたに過ぎない。

2  抗弁2の過失相殺の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1(当事者)について請求原因1(一)(原告)及び(三)(被告らの関係) の各事実は全当事者間において争いがない。(二)(被告丙川)の事実は、原告と被告丙川間において争いがなく、原告と被告乙野間においては、<証拠>により認められる。

二  請求原因2(本件不正送金)について

請求原因2の事実のうち、被告丙川が原告のコンピューターの端末機を操作するにつき上司の許可を受けなかったとする点及び別紙送金一覧表番号73の金六〇〇〇万円について原告が損害を被ったとする点を除いた部分は、原告と被告丙川間において争いがなく、また、その後、被告丙川が、被告乙野から、弟を暴力団組織から離脱させるため、あるいは事業のために是非とも資金が必要であると要求され、昭和六○年六月一二日、上司の許可を受けることなく原告のオンラインシステムの端末機を不正操作し、ほしいままに送金伝票を起こし、住友銀行六本木支店の被告乙野の仮名口座である柴田金人名義の普通預金口座に金五〇万円を不正送金したのを初めとして、別紙送金一覧表記載のうち番号27ないし49の各振込年月日を除き、同表記載のとおり、同日から昭和六三年一一月一〇日までの間、合計七三回にわたり、総額九億七〇〇〇万円を住友銀行、三菱銀行、太陽神戸銀行の各六本木支店の被告乙野の仮名口座に不正送金し、このため九億一〇〇〇万円の損害を原告が被ったことは、原告と被告乙野間に争いがない。

そこで、右の争いのある事実について判断するに、<証拠>によれば、被告乙野は、被告丙川に対し、かつて三和銀行の女子職員がオンラインシステムを不正操作し、予め開設しておいた預金口座に架空の預金を入金させて多額の現金を入取した事件を例に出しながら、原告のコンピューターを不正操作して金を作るように要求し、その後、被告丙川が本件不正送金の方法を考え出すや、不正送金先の仮名預金口座を開設するなどし、被告両名がそのつど、意思を相通じて本件不正送金を行ったことが認められる。また、<証拠>によれば、被告丙川は、現実に振込依頼を受けた場合には、原告のオンラインシステムの端末機を操作することについて許可が与えられていたが、本件のような不正送金のために端末機を操作することまでは許可を受けておらず、原告の監査体制の不備を奇貨として上司の許可を受けることなく本件不正送金を行ったことが認められる。次に、<証拠>によれば、別紙送金一覧表番号27ないし49の各不正振込については、同表記載の日のそれぞれ一日前に予約発信の方法により端末機の操作が行われているが、現実に被振込口座に振込の記帳がなされ、預金引出しが可能な状態となったのはそれぞれ同表記載の日であることから、各不正振込の日もそれぞれ同表記載の日であると認められる。

次に、原告の損害額について検討するに、不正送金がなされた九億七〇〇〇万円のうち九億一〇〇〇万円については原告に同額の損害が発生してことは全当事者間に争いがないほか、<証拠>によれば別紙送金一覧表番号73の六〇〇〇万円の送金についても振込手続が完了し、三菱銀行六本木支店の蒲田健二名義の預金口座に入金記帳がなされて預金の引出しが可能な状態となっており、このような状態になった以上、原告には同額の損害が発生したものと認められる。

三  請求原因4(一部弁済)及び抗弁1(代物弁済)について

1  請求原因4(一)(自動車売却代金による一部弁済)の事実は、被告丙川は明らかに争わないから、これを自白したとみなされ、被告乙野の関係においては、<証拠>により認められる。

抗弁1(代物弁済)の事実を認めるに足る証拠はない。

2  請求原因4(二)(一六六七万四二六一円の支払)の事実は、原告と被告乙野間では争いがなく、被告丙川は明らかに争わないから、これを自白したとみなされる。

四  抗弁2(過失相殺)について

<証拠>によれば、被告丙川は、本件不正送金に関しては、役席者である原告本部事務集中部事務集中課長野崎守の口頭の承認のみにより(キー使用簿に記載することなく)、あるいはキーを無断使用して、端末機を操作し、振込手続を行っていたこと、同被告は、その場合、振込票及び発信票に右役席者の検印を受けず、これを隠匿していたこと、同被告はキー使用簿と照合すべき役席承認取引日報(電算部により一〇〇万円以上の振込みのみが記載される)を、不正送金があった直後については一〇〇万円以上の振込がなかったものとして決済に回さなかったこと、為替精査表の内容については同被告が起票の資料として使用し、他にその内容について検査する者はいなかったこと、未決済為替貸勘定元帳も同被告が保管し、それと経理部が管理する総勘定日計表との照合が行われていなかったこと、被告丙川は右のような監査体制等の不備を利用し、自ら伝票等に不実の記載をするなどして犯罪の発覚を防いでいたが、大蔵省による監査があり、その過程で本件不正送金が発見されたこと、以上の各事実が認められる。

以上のとおり、原告には約三年五か月の長期にわたり、合計九億七〇〇〇万円の巨額に及ぶ不正送金を防ぐ手段がありながら、これを有効に用いず、損害の拡大を阻止できなかった点に落度があったことは否定できない。しかし、当裁判所は、本件の如き態様の故意による他人の財産の不正取得について、被害者の過失を斟酌することは相当ではないと考える。なぜならば、本件不正送金は、正に被害者である原告の監査体制等の不備に乗じて意図的に行われたものであり、これにより被告らは被害額相当の利益を得たものである。(もっとも、<証拠>によれば、被告丙川はそのうち、二五〇万円相当の指輪等の贈与を被告乙野から受けたのみであることが認められるが、不法行為の成立の範囲について被告両名間で軽重はない。)。そもそも、過失相殺の理念は、不法行為により発生した損害の公平妥当な分担を図るために存するのであるが、本件において、原告側の落度を斟酌することにより被告らが故意に得た不法な利益の回復義務を一部でも免ずることは、公平ないし信義の観点から著しく妥当を欠くものといわざるを得ない。

よって、抗弁2は失当である。

五  結論

以上によれば、原告本訴請求(被告乙野については主位的請求)は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 清水篤 裁判官 成川洋司)

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